2015年2月24日火曜日

KIKY

スペインからやってきたミュージシャンの女性に「あなたもギターを弾くの?ほら、指輪をしていないでしょ?」と言われたことがある。「私は結婚したからといって、指輪をしなくちゃいけないとは思わない。でもみんな、結婚指輪は?って聞くのよ。あなたもしていないから、いつもと逆に聞いてみたの」。

婚姻届を提出して、夫からもらったのは、結婚指輪ではなくて、新しい姓名の刻印されたグリーンのiPodだった。結婚指輪の話が出なかったわけではない。でも、どういうわけかもらいそびれてしまった。昨年、出産のために里帰りしていた時、私の母が半ば呆れ気味に「ところで、結婚指輪ってもらったの?」と聞いてきた。あ、そうだった。そのことを夫に電話で伝えたら、彼は「…ごめんね…」と、黙ってしまった。結婚指輪を私に贈ることを大事に考えすぎたあまり、どんどんどんどん後回しになって、結果、贈りそびれてしまっている、ということを私は知っていた。でも、私もどうなっているのかなぁ、と思っていたので、思い切って聞いたのだ。うーん、これはもらえないかもしれないな。でも、まあ、別にいいか。いいのか? 指輪の話はその時きり。

それから1ヶ月ほど経った9月23日、生後2ヶ月になったばかりの息子を実家の母と妹に託し、私はひとり東京へ向かった。アルゼンチンのミュージシャン、Tomi Lebreroのライブを観るためである。その時、3ヶ月ぶりに戻った我が家で「これ」と、にやにやした夫から、小さな木箱を手渡された。細い赤いリボンが施されてある。開けると、指輪。びっくり。しかも、教えてもらって、自分で作ったのだという。さらに、びっくり。信じられない。落ち着いた品のある金、中央に小さなダイヤモンドが埋め込まれている。ロウで型を取って作ったらしい。表面にKIKYの刻印。内側に、逆さまになって、夫からのメッセージが入れられてあった。「天地逆なのは、清美さんのこだわりなんだよ。今度会った時にわけを聞いてみて」。少し前に電話で「今日は素敵な人に会って、パワーをもらったよ。誰に会ったかは今は秘密」と嬉しそうに話していたのは、清美さんのことだったのか。

KIKYは、友人の星山清美さんがやっているアクセサリーのブランドである。私は若い頃、初対面の人との距離の取り方がよくわからなかった。30才を過ぎて、ようやくそのことに気がつき、ある程度の「距離」を取れるようになってきたが、努めてそうする、という感じだった。清美さんは、初めから、距離感がどうとか、そういうことを全く意識させない女性だった。彼女はにこやかに、すーっとこちらの懐に入り込んでくる。しかも、違和感など全くなしに。
5年くらい前に、中目黒の飲み屋さんで初めて清美さんと、清美さんの作ったアクセサリーを見た。原石をそのままピアスや指輪にした、きれいなものだった(「綺麗」ではなく、ひらがなで「きれい」)。清潔で、可憐。照明が当たると、石がまばたきしているみたい。原石をまるまま使ってあるからか、野性味のようなものも感じられる。とてもすてき。当時、クリーニング屋でアルバイトをして、何とか生活していた私は、じーっと見ているだけで、買うことはできなかった。でも、ずーっとKIKYのアクセサリーが欲しいと思っていた。それで、結婚することが決まった時、彼女がバイトしていたバーに夫と飲みに行き「結婚指輪は清美さんに作ってもらいたい」と、お願いしたのである。

新宿の伊勢丹で3月3日まで、KIKYが展示会をしていることを知った。昨日、洗濯物を干していたら、あ、あたたかい。これは行くしかない、と、息子を抱いて、新宿へ向かった。副都心線・新宿三丁目駅で降りて、地上へ出ずに伊勢丹。本館4階、イーストパーク『JAPAN PREMIUM Accesory』の中に、出店されているらしい。華やかな店内を、息子と一緒に、くるくる回る。あ、いた、清美さん。ずいぶんとお久しぶり。でも、久しぶりって感じがしない。

件の指輪を見ると「あ、いい〜。見せて見せて〜」と言う。外すと、さりげなく磨いてくれた。どうして、内側のメッセージ、逆さまなの?「え? あら、ほんとだ。逆さまだ。何でこうしたんだ? 私。なんかこだわりがあったはずなんだけど…忘れちゃった」と笑う。あいかわらず、チャーミングな女性だなぁ。彼女そのままのアクセサリーを前に、あれこれおしゃべり。息子もおとなしく聞いている。
いろいろな石の、それぞれの個性を活かした、KIKYのアクセサリー。淡水パールのピアスが目に入った。まんまるじゃない。息子の涙がほっぺで止まって落ちない時の、涙のかたちに似ている。あ、これ、買う。「ふつうの淡水パールって、ピアス用に穴が開いているんだけど、これは開いてないんだよ。かたちも丸くなくて、はじかれちゃうようなものだけど、私はこういうかたちが好きなの」。うん、私もとっても気に入りました。
別れ際、中目黒の展示会で初めて見た、馬蹄のモチーフが付いたネックレスが忘れられない、と言ったら、「あれ、まだあるよ!」とのこと。こんど買うから取っておいてね、と言うと、眩しいほどの笑顔をくれた。

帰りの電車で、もしかしたら、と指輪を外して、内側を見る。メッセージが私から見て逆さまなのは、私に指輪をつけるために対面した夫からの視点で彫られているからではないかと、ピンときた。夫側から発せられる言葉のイメージ。清美さんが「こっちから見ると、とかだっけ?」とブツブツ言いながら、指輪を逆にして見ているのを思い出したのだ。違うかもしれないけど。どちらにしても、謎と真心をありがとう。

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